「七つの仮面」(横溝正史)

金田一耕助の事件簿042

「七つの」胸像、最後の一つは?

「七つの仮面」(横溝正史)
(「七つの仮面」)角川文庫

「七つの仮面」角川文庫

ミッション系学校を卒業した
「あたし」は、
同性愛の対象であった先輩・
山内りん子との関係を絶つために
高級喫茶に勤め始める。そこで
「聖女」と呼ばれるようになった
「あたし」は、彫刻家・江口と
出会ったことから、
次第に堕ちていく…。

横溝正史
金田一耕助シリーズの一篇です。
語り手「あたし」の一人称で綴られる
本作品は、金田一耕助の出番が
限定的であるにもかかわらず、
その限定的場面において
金田一らしい一面が
遺憾なく発揮されていて、
読み応えがあります。

【事件簿File-042「七つの仮面」】
〔事件発生〕
昭和32年(東京・横浜)
〔事件の経緯〕
美沙と関係した伊藤慎策なる男が
五階窓から転落死。
その容疑者と目される
山内りん子が服毒自殺。
彫刻家・江口万蔵が
美沙に刺されて死亡。
〔依頼人〕
※該当なし。
〔捜査関係者〕
※警察関係者は登場せず。
〔事件関係者〕
「あたし」(美沙)
…語り手。手記を書いた。
 ミッション・スクール卒業後、
 高級喫茶で働く。
山内りん子
…美沙を熱愛した三歳年上の先輩。
 美沙と同性愛に陥る。
 その後、男性に興味を持ち始めた
 美沙を牽制する。
江口万蔵
…彫刻家。五十代。美沙を聖女と呼び、
 七つの仮面を制作。
中林良吉
…美沙の勤める高級喫茶の客。
 美沙に恋する。初心な若者。
伊東慎策
…美沙の勤める高級喫茶の客。
 美沙に恋する。五階窓から転落死。
宮崎
…伊東や金田一が住む
 アパートの管理人。

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今日のオススメ!

本作品の味わいどころ①
聖女「あたし」の多彩な性の遍歴

主人公・「あたし」の性の遍歴が、
短篇なのによくもまあ、と
言いたくなるような多彩さです。
「聖女」→「同性愛」→
「親子以上の年齢差の男性との交渉」→
「同年代の男性からの陵辱」と
盛りだくさんです。
だからといって本作品は
ポルノ小説などではありません。
その遍歴、
つまり聖女からの転落こそが
本作品の重要なテーマであり、
本作品の第一の
味わいどころとなっているのです。

本作品の味わいどころ②
「七つの」胸像、最後の一つは?

「あたし」をモデルにした「聖女の首」は
展覧会でも評判となるのですが、
彫刻家・江口万蔵はそのほかに
美沙をモデルとした
六つの胸像を制作していたのです。
それらは美沙の聖女以外の表情であり、
これが事件を引き起こします。
ちなみにそのタイトルが
「接吻する聖女」
「抱擁する聖女」
「法悦する聖女」
「悪企みする聖女」
「血ぬられた聖女」なのです。
そして最後の一つが…、
最終場面に絡んできます。
その筋書きの巧妙な構成こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなっているのです。

本来は「七つの胸像」とすべき表題が
「仮面」となっているのは、
その七つの表情のすべてが
「仮面」であるという意味なのでしょう。

本作品の味わいどころ③
一人称「あたし」で語られる物語
最後にひっくり返す金田一耕助

一人称の作品は、
得てして語り手が犯罪者であることが
多いのですが、
本作品もその例に漏れません。
しかし、語り手は途中まで
すべてを語ってはいないのです。
終末に解き明かされる秘密こそ
味わいどころです。
前述したように
一人称告白体であるために、
金田一の登場は限定的です。
しかしその金田一が、
最終場面において、
すでに解決していた事件を
根底から覆すような
謎解きを行うのです。
そして警察に通報するでもなく、
自分の推理の確かさを
確認するだけのような素っ気なさで
立ち去っていきます。
そこに金田一らしさが現れています。
犯罪を糾弾するのではなく、
犯人を追い詰めるのでもなく、
明晰な頭脳でとことん真実を追究する。
それが金田一耕助なのです。
金田一耕助の颯爽とした振る舞いこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。

本格的な探偵小説のつくりには
なっていないのですが、
横溝らしい情念の溢れる作品です。
近年のミステリーに飽きてきた方は、
横溝の昭和のミステリーを
味わってみてはいかがでしょうか。

さて本書は、刊行の昭和54年当時で
単行本未収録の金田一ものを収めた
短編集です。
他の金田一ものの文庫本化から
時間が経っての出版でしたので、
「落ち穂拾い」的な
作品集だったのでしょう。
その表題ともなっている本作品、
決して「落ち穂」のようなものではなく、
味わいのある作品に仕上がっています。
新角川文庫に移行した際も、
他の長篇作品を押しのけて、
堂々金田一耕助ファイル20の中に入り、
新装出版され、現在にいたっています。
残念なことに現在、漢字一文字の
味気ない表紙で流通しています。
早くオリジナルの杉本一文表紙で
復刊することを期待しています。

(2019.5.12)

〔追記〕
こちらもどうぞ!

墓村幽の味わえ!横溝正史ミステリー

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(2023.11.7)

〔角川文庫「七つの仮面」〕
七つの仮面
猫館
雌蛭
日時計の中の女
猟奇の始末書
蝙蝠男
薔薇の別荘

〔関連記事:金田一耕助の事件簿〕

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